Chantal Dumo ~ささやかな癒しと自由を求めて~

シャンタル・デュモ

生き方

昭和から0年代まで。ブラックとは無縁のゆる~いお仕事をしてきました。

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こんにちは。ストレスいっぱいの子ども英語講師を長~く続けてますが、できる範囲で我ままを通しつつ、ゆる~く働きたい "かりん”講師です。

今日は、学生時代にバブルと重なったワタクシが、古き良きニッポンのお仕事(アルバイトや派遣)を振り返ってみたいと思います。

新卒でマスコミ大手に就職したあと、IT企業へ転職し結婚1年後に退職。今回のお仕事日記は、【就職前・転職前・退職後】のアルバイト&派遣について。

 

学生バイト~転職前のバイトまで

バイトは基本短期・単発で、『何だか面白そ♫』と感じるものしかやらなかった。なので、忍耐や我慢なんかどこか遠くへ放り投げて、『新しい体験』にワクワクしながら『労働体験』しました。

軽いでしょ?こういう感覚が、バブルだったんです。80年代後半から90年代初頭までは『フリーター』が流行して、アルバイト雑誌『フロムエー』『an(旧日刊アルバイトニュース)』を片手に学生や若者たちは、※『おいしい仕事』を探したものです。

※おいしい仕事=ラクで楽しくて、儲かる仕事のこと。

 

秋葉原のソフマップで夏休み1週間の販促バイト、日給5000円

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高校生の夏休み、1週間だけ女子4人で仲間と働いた。日給5000円を即日手にして、仕事帰りに渋谷あたりの居酒屋で『労働のあとの快楽』の味を覚えた女子高生。既にオヤジ化してましたね(-_-メ)

80年代後半のソフマップは、現在秋葉原に堂々たるビルを構える大手企業などではもちろんなくて、幾つかの雑居ビルに4、5店舗分散された『ファミコンソフト』メインのお店でした。当時のお客さんは、ファミコン好きなちびっ子~オタク系おじさんまで。

我ら女子バイトたちは日替わりで、それぞれの店舗に分散して、店頭でファミコンを売りまくった!確かお揃いのハッピを着て、大声でお客さんを呼び寄せていた。ときに、生意気な子供の暇つぶしに付き合わされたり、一緒に働いているシャイな中国人バイトの男性にデートに誘われたりと高校生にしては、なかなか面白い経験ができたと思う。

創業者の鈴木氏から仕事の説明を受けていたかも???定かではないけれど、当時20代後半だった鈴木氏は、とても厳しかった記憶が残ってます。(鈴木違いかもしれませんが...)

いずれにしても、バブル真っ盛り、ファミコンブームにあやかり、バイト期間中もファミコンは飛ぶように売れました☆

 

財閥系会員様向けパーティコンパニオン、2時間8000円

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こちらはアルバイト雑誌で探した『おいしい仕事』。財閥系の役員以上クラスが出席する立食パーティに、女子大生バイトで労働。制服があり、白のシルクブラウスに黒のロングドレス。黒髪は一つにまとめて、マネキュアは無し。口紅は淡いピンクと決められてました。清楚な服装で給仕することが第一条件

職務は引継ぎ無しの楽で簡単な業務。立食で歓談しているお偉方に、水割りを作って笑顔で差し出すのみ。紳士ばかりでしたので、セクハラなども全くなく、リッチな雰囲気を思い存分味わえた思い出深いアルバイトです。中には、こういうバイトから有力なコネを見つけて、超一流企業をゲットする子もいましたね。

 

某都内の有名神社で結婚式アシスタントの巫女バイト、15分1500円

 

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こちらもフロムエーあたりで見つけてきたバイト。15分1500円に釣られてオファーしました。そして、巫女さんの衣装が着てみたかったから。

都内の今でも人気のある有名神社でのお仕事です。神前式の巫女アシスタントで入りました。1日に数回の神前式が執り行われ、神前式と神前式の間の数時間の空き時間は、賃金が発生しない...という、割のいいんだか悪いんだかわからないバイトでした(;´Д`)

例えば、午前中のお式のあと、次が15時とか。

。。。。。どんだけ、待たせるんですか❓❓❓

という、拘束時間のわりには実入りが少なかったり。でも、儀式の作法を学んだり、巫女さんの衣装の正しい畳み方を学んだり、普段できない経験を若いうちに教えてもらえたのは貴重だったな~。オバサンになったら出来ないバイトなので、若い頃に経験出来てホントにラッキーだったと思う。

また神前式では、信じられないけれど、全くのど素人のワタシが、当時女性にモテモテだった某野球選手の神前式にも出席できました☆彡親族しか入れないごくごく身内のお式を見届けることができて、『これはなんて、おいしい仕事なんだ♡』と思ったものです。

としばらく、愉しい『神前式』バイトを満喫しておりました。

 

が、、、世の中そんなに甘くはなかった(;´Д`)

 

時は年末。なんと、雇い主の神主さんから『神社の大掃除に2日間取り掛かりなさい!』というミッションが。...しかも時給500円で( ゚Д゚)

 

ええ、ええ。やりましたよ。神社の木造の長--------------い廊下を固く絞った雑巾で、拭き掃除。いつまでたっても終わらないんじゃないか?と、一休”かりん”は『これは何かの罰ゲームなのでは?』と頭をもたげながらも、ひたすら雑巾がけに励んだのでした。

 

 

某高級ホテルのクローク係、時給800円超

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3か月未満の転職前のつなぎバイト。バブルはすでに崩壊していたけど、まだニッポンにはのんびりとした空気が漂っていた頃。

このホテルは場所柄、英語が堪能なJ大学の学生や、英語達者なベテラン・フリータが働いていた。まだ外資系ホテルがそれほど参入していなかったニッポンで、外国人ビジネスマンやリッチな外国人観光客に人気のホテルだった。

『簡単な英語の日常会話ができる仕事』ということで、オファーした。

『ホテルというのは、表のきらびやかさに反して、従業員用の休憩室や裏口はびっくりするほどさびれているんだな~。』とカルチャーショックを受けた記憶がある。

お客様=ご主人様

従業員=メイド

という線引きがされているような気がしましたね。

 

時給が安くても面白かったのは、ふいに現れるセレブたちを間近で見ることができること。年末年始は有名力士が沢山みれました。

 

退職後の派遣と電話のパート

結婚1年後に諸事情で退職し、しばらく休んだあと派遣やパートで働いた。1990年代後半~2000年代前半までのお仕事日記です。

派遣社員は1999年12月の派遣法改正【派遣業種の拡大】により、派遣社員がもはや『特別な技能・職能を持つスペシャリスト』という枠組みから外れて、幅広い職種・業種で働けるようになった。いわば、『派遣社員』の敷居が下がるとともに、時給も徐々に下がったいったようです。

ワタシが派遣先で同僚となった語学好きのAさんは、大学卒業数年後にすぐ派遣社員デビューを飾り、派遣法改正前の1990年代半ばには、かなりの高時給&好待遇でウハウハだったと遠い目をして昔話をしてくれました。

ワタシが就業していた当時の派遣先は、総じて社員から『お客さん』扱いを受けていて、こちらも『おじゃましまあ~す。』といった『よそ者』感を拭えなかった...。部署に多くの同胞(派遣社員)がいれば心強いけど、派遣1人で社員の中に入るのはちょっぴり疎外感があった。ともすると格下に見られがちなので、常に自尊心を保つ努力が必要だったと記憶している。

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一方電話のパートは、そういった面倒くさい気遣いが無用な、対人関係ストレスフリーの職場が気に入っていた。この仕事で得た特技は、『活舌の良さ』で、英語講師である今も役立っている。電話のお仕事は、通販の受注業務(電話で受注して、専用ソフトにオーダー内容を入力する)と、登録している派遣社員の最新情報をアップデートするための発信業務(聞きとった内容を専用ソフトに残していく。1時間に何件電話をかけれたかが、評価対象となる)

電話業務は、初めにみっちり研修があり、一通りの作業を覚えるまでがちょっと大変だ。が、慣れると1日3-4時間程度の勤務なら、働きやすいと思う。

 

 

某上場時計メーカの宝飾部で営業事務の派遣、時給1550円(交通費込み)

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記念すべき派遣社員デビューの職場。初心者の派遣事務だと、だいたい1400円~1600円が相場だった。営業事務は未経験だが、『宝飾部=アクセサリーの社販が使えるかも???』というゲスな考えでオファーした。

ちなみにこの年大殺界の低迷期、予想通り今までとは違い、面白いほど苦手な同僚や派遣仲間に囲まれてしまったね(-_-メ)

汝、苦手な人とかかわり、悔い改めよ!

と天啓が聞こえてくるようだったわ。

派遣仲間でのお昼休憩は、眼光鋭い20代前半の昔ヤンチャだった名残りが見られる女子たち。友好関係を保つために...でも、ちょっと怖いから会話の時は目が泳いじゃったり、キョドりそうになるのを何とか堪えてたので、『ヘンナヤツ』キャラであえて自分を落として、無事に派遣期間の任務を成し遂げることができました☆

営業部のキャラもそれはそれは濃かったです。宝飾部の営業マンたちは、20代~40代まで。爽やかイケメンや、遊び人風イケメン、頭髪をテッカテカに撫でつけたホスト風のダンディまで眺めている分にはなかなか楽しい光景ではありました。

かなり自由な職場で、皆さん『直行』や『直帰』をホワイトボードに連書してましたが、果たしてどこまでが仕事で、どこまでがサボりだったのでしょうか?

ある時ホスト風ダンディから社に電話があり『今、出先です。これから直帰します。』と聞こえてきた背後には、長閑なTVの音声が?!でも、バレても誰も咎めないほど、長閑な職場だったんです。他の遊び人風イケメン営業マンは、地方出張&風俗通いがセットになっているとみなに豪語したり、挨拶のように言葉のセクハラがありましたね~。

 

いや~今振り返ると、面白い職場で面白い人たちに出会えて、ホントに楽しかった。(当時はなかなか大変だったけど...)

 

今でも忘れられないのは、お得意様ご一行様バス温泉旅行。

熱海旅行で、宿泊&ディナーショー着きの豪華旅行がタダ。旅行中に、ホテルの宝石販売の準備と売り上げ集計がお仕事でした。

地方のお金持ちが顧客だったので、1人数百万円~1000万円まで宝石をお買い上げくださいました☆営業マンたちは、旅行中ホストばりに顧客に寄り添い、いい気持にさせていた。ホストばりの営業マンは、年上女性の肩に手を回しながら手慣れた様子で、宝石を選んであげていた。

なるほど、『宝飾部の営業マンは女性のココロをとろけさせる』手腕が売り上げに貢献するのだと悟った瞬間でした。

 

、、、それにしても、彼のネットリしたノリは、ちょっと勘弁だったわ(*_*;

 

古き良きニッポンの派遣&バイトは、いかがだったでしょうか?20代の人たちは、母親がこんなに暢気な時代に生きていたと、笑ってやってください。

30代の人たちは、派遣社員の厳しさを目の当たりにしている世代。時代は変わりますね。

40代半ば以降の人たちは、昔を懐かしんでくれたでしょうか?

 

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