こんにちは、かりんです。
読書の秋ということで、音楽ミステリはいかがでしょうか?
書評は、クラシック音楽マニア×ミステリ通の主人が選んだお勧めの1冊!
ありきたりの本では物足りないアナタ、『むむむ、こやつやるな!』と思わせたいアナタにピッタリの名著を紹介します。
この書評は、以前gooblog『いつもココロに栄養を』に主人が寄稿してくれたものを移行したものです。
はじめに
世の中にミステリと名のつくものは数知れず、当然音楽を扱ったミステリ作品も数多くあります。
その中で印象に残った作品はと言えば、国内作品では宇神幸男『神宿る手』、海外ではバーデイン『悪魔に喰われろ青尾蝿』でしょうか。
指揮者のフルトヴェングラー・ファンには前者がお薦め。後者は背筋の凍るサイコ・スリラーのマスターピースでもあります。
音楽から見放され人格分裂に到る経緯を描いた内容から、音楽の「キワモノ」性が浮かび上がってきます。他にも話題作は沢山ありますが、過度にぺダンティックだったり、文章・内容は整っているが音楽のハートそのものに触れていなかったりと、満足に至らない作品もあります。文章で音の世界を語るのは至難の技なのでしょうか。
そんな音楽ミステリのジャンルにまた一つ好作品が加わりました。
ポール・アダムの『ヴァイオリン職人の探求と推理』です。
ポール・アダムの『ヴァイオリン職人の探求と推理』あらすじ
イタリアのヴァイオリンの聖地クレモナ。そこでヴァイオリン造り一筋五十年の老人ジャンニが主人公。妻に先立たれ、やもめ暮らしだが、職人仲間や娘一家などとの交流で老いの侘しさを紛らわし、心の潤いを保っていた。
ある日、ジャンニを加えた弦楽カルテットのメンバーの職人が工房で殺される事件が起きる。
ショックを受けたジャンニは、同じカルテットの若輩メンバーで、クレモナ警察の刑事グァスタフェステに同行する形で事件に深く関わっていく。
だが、その矢先、滞在先のヴェネティアで第二の殺人に遭遇することに……。ここから事件はイギリス海峡を挟んで大きく展開していく。
ポール・アダムの『ヴァイオリン職人の探求と推理』 解説
ヴァイオリン職人さんというと、どんなイメージが浮かぶでしょうか。
頑固で、粘り強くて、ぶっきらぼうで無愛想な性格、仕事に厳しく、プライドは高いがお世辞にも人当たりがいいとは言えませんね。
その性格はそっくりジャンニに当てはまります。
しかも、仮借ないヴェネティア批判、真の音楽に無理解の音楽教師への「駄目出し」から見るに、ジャンニは他への相当辛辣で手厳しい眼を持っているようです。
ただ、心許せる女性には点数が甘いようで。そこは微笑ましくもあります。
そのジャンニが友人の死に報いるために立ち上がります。
言わば予備知識なしで事件に挑む素人さんです。当然、壁にぶつかってしまいます。
捜査は続きますが、ここで登場するのがヴァイオリン・音楽に関する薀蓄の数々。
事件を煙にまく名探偵のペダントリーとは異なり、そこは音楽の専門家ですから、不自然さはなく説得力十分です。
引き込まれ、気づくと事件の謎よりそちらの方が楽しくなってしまいます。ペダントリーがストーリーを食うという逆転がここにも見られそうです。
本書の構成も、殺人事件の解明からヴァイオリンの銘器探しへとシフトチェンジするのがミソ。
そこで発揮されるのが、ジャンニ持ち前の忍耐心と諦めない心です。
一度で駄目ならまたスタート地点に戻ってコツコツやり直すのです。
足で稼いで推理は後からやってくるという感じは、クロフツの創造したフレンチ警部ものそのものです。
また一幅の絵画から真相が閃くところは、クリスティーの『鏡は横にひび割れて』を連想しました。
では肝心の殺人事件の解明はというと──所轄署の刑事さんにもう少し頑張ってもらいましょう。
登場人物はそれぞれ生き生きとよく描けています。
善人悪人、お気に入りの人もそうでない人もジャンニのレンズを通してあるがままに受け止められます。
ジャンニの好き嫌いの基準で描き分けられている、客観的でないところが面白いのかもしれません。
本書のペースは比較的ゆっくりと進みます。
読む側も通勤電車の中よりも、家の中でゆったりと気長に楽しみたいものです。ジャンニはじめ魅力的な登場人物、散りばめられたペダントリーを堪能しましょう。
本書『ヴァイオリン職人の探求と推理』の続篇も刊行されるようです。
同じようなストーリーみたいで、今から楽しみですね。
最後に参考図書をあげておきます。
YAMAHAから出た『バイオリンおもしろ雑学事典』です。本書と併せて読むと知識倍増ですね。
執筆者 徹